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唐十郎からチェルフィッシュ

唐十郎論 樋口良澄 唐十郎論―逆襲する言葉と肉体

著者から送られてきた『唐十郎論』を読みながら、
チェルフィッシュ的に言葉を位相させていく
としたら
どんなになるんだろうと

唐十郎の言葉は、今で言えばずいぶん
チェルフィッシュ的だ。
どんどんずれていく
本質からはずれるようにして。

そして最後にどかっと戻ってきたところが
ロマンの泉…

唐十郎と
宮沢賢治と中原中也の身体的言葉を
平行して読んでいる

唐十郎の引用した、中原中也は『骨』
ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破って、しらじらと雨に洗はれ、
ヌツクと出た、骨の尖。

石原裕次郎が歌っている。
http://www.youtube.com/watch?v=QrmLZC0_2Uc
石原裕次郎の歌の中じゃかなりのぶるいだ。

唐十郎とチェルフィッシュ
圧倒的な身体速度でずれていく言葉が意味を壊して
謎をまき散らす感覚は
似てないか?

身体の身振りの意味と言葉を意識的に離反させて
分からなさを作り出す感覚
似ていないか?

分らなさを適当にまき散らすというのは
アングラからチェルフィッシュ的現代にまで
共通していないか
それは
不思議なフックになって
魅力になって
客の心をとらえる。

そういう構造をもっているのが
唐十郎とチェルフィッシュを()にして
挟んだ中にある演劇がもっている
一つの特徴。

その謎を客も評論家も追いかける。
謎が美しければ、遠ければ
魅力も増す。

土方巽、寺山修司、唐十郎、野田秀樹。


update2012/01/11

column

畠山直哉展 Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ

 この風景——風景と呼ぶべきものかは分らないが——を前に畠山直哉がどう立っていたのか。
まずそのことを思う。

 写真を見て、畠山直哉の立ち位置を思うのは、今に始ったことではない。なぜか彼の写真に関しては、いつも被写体に向う畠山直哉の身体と頭脳と視線を思う。

 ブラスト・シリーズの時も、どこでどのように居たのか、もし可能なら正面に立ちたいのか。そんなことが気にかかった。それは中途半端な写真マニアが、印画紙は何ですかと聞くのとは違う。製作過程の秘密を知りたい訳ではない。この風景をどこから見たいのかは、畠山直哉のいつも気にする「写真の姿勢」であり、それが畠山の写真なのだ。

 陸前高田に立って畠山直哉がどう思ったのか、写真の立ち位置を畠山直哉がどう処理したのか。思いを馳せるだけでも気が重くなる。そしてその気が重くなることも一緒に引き受ける必要があるのが、3.11以降の、少しでも芸術に係わっている人間の営為だ。そう覚悟を決めていても、一挙に歳をとってしまいましたと言う彼の…言葉を聞くと胸は潰れる。

 3.11の前と後でアーティストの役割は変わりました。それまでは、先がけて見えない疑問を形にするのがアーティストの一つの役割だったのが、疑問が見える形で全員の前に姿を顕した以上、アーティストは今までの役割でないことを、もっともっと、あるいは新しく考えてする必要があると…レセプションでコメントした畠山直哉は、陸前高田の写真について、これからの自分について覚悟を決めたのだと思う。覚悟でなくて決意かもしれない。

 答えはもちろん、疑問をどうだすかということすら、おそらくまだ決まっていないだろう今の段階で、写真の前に立ち、写真についての言葉を受け答えすると言った彼の態度には本当に、日本人のこの人がいて良かったとすら思った。畠山直哉が語ると決意したのは、アーティストの責任感というものだと思う。彼にとってのアーティストの責任とは、陸前高田に駆けつけたときに、写真家であることをゼロにしなかった、写真家としても立ったということによるのだと思う。畠山直哉はそういうことに関して誰よりもストイックで、誰よりもロジカルで、そして誰よりも科学的である。写真のもつ科学性、光学性をクールに残している。畠山直哉はそういう写真家なのだ。

 畠山直哉の写真を見るとき、僕は、写真を見て、気持ちを少し離して、いろいろ考えて、また写真を見るという習慣をもっている。陸前高田の写真を見ると、じっと見て、思って、果てしもなく渾沌とした思いを巡らせ、混乱し、そして見る私が、再び写真に帰ってこれないのではないかとすら思う。

 3.11の後、まず思ったことは、この理解不能な出来事に対して、専門家であろうとなかろうと、そこに立ち向かうべきだ。これまでなら、原子力発電について語るのは、専門家であって、自分がアプローチするとしたら、それは自分の今の仕事によって、たとえば写真家だったら写真を通じて語るという姿勢が良いのだと思っていた。しかし専門家に任せるというということで、逃げ、見ないようにして回避したことで起きたこともある。素人でも精いっぱい見て、知って、考えて対応すべきだし、少々間違っていても、立ち向かうことを否定してはいけない。ということだ。だからプロフェッショナルということがある種機能しないのだと思った。もっと正確に言うと、プロフェッショナルな仕事が機能しないぐだぐだした国だったということだ。

 畠山直哉は、震災直後から写真を撮り、その写真を通じて考え続けてきた。震災後のアートからの大型の提示はこれが最初になるのではないだろうか。アーチストの役割は…と畠山は言ったが、彼は先がけて、ロジックを駆使して一つの態度を表明した。もうすでに震災後のアーチストの役割の可能性を示している。大切なことは、彼の行為を孤高のものにしてはならないことだ。畠山直哉の態度、立ち位置を見つめて、それぞれの行為をするということだ。

話す写真 見えないものに向かって

 


update2011/10/01

column

畠山直哉展 Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ Ⅱ

オープニング・レセプションの華やかな雰囲気を鎮めるかのように畠山直哉は写真についてとつとつと語り始めた。震災の写真は最後だろうな…。

シェル・トンベというのは、空が堕ちてくるという意味で…。パリの都市の下にある空洞を撮った写真のことを説明していた。誰かが、どすん、後ろから体当たりしてきた。大ちゃん、久しぶり。何十年ぶり。大ちゃん(原田大三郎)と並んで畠山の語りを聞いていたが、「変わんないね…」とぼそり。歌舞伎の台詞で30年は一昔というのがあるが、1984年頃、僕たちは一緒にいろいろやっていた。ボイス・イン・Japanでは畠山直哉と一緒にビデオクルーにいたし、原田大三郎のRTVをプロデュースでジャンボトロンのTV・WARや高城のデビューしたビデオビエンナーレでパフォーマンスしたりしていた。

畠山直哉の写真は、多く写真集になっている。今、説明しているシエル・トンベだけ写真集がでていない。それは、yasoのヴィクトリアンにインタビューと写真がでているので見て欲しい。


時は、あっという間に過ぎて、それでも変わらないものの方が多く、84年は昨日のことのように思える。しかし3.11以降凍結してしまった時間もあり、もちろん変化もあり、それでも日本はその時を境に大きく分断された時間をもつようになったのだ。畠山直哉はそれを撮ろうとしているのだと…思う。そこに挑戦しようとしている。ヒロイックな気持ではなく、そうするのが写真をやってきた人間の義務だと思っているかのように。

Underground
Lazur―透きとおる石

update2011/09/30

column

イワタニのカセットコンロ

どうしてこんなに価格差が?


蜜蜂さんの展覧会でも、鑞の十字架を作るのに活躍したカセットコンロ。
お茶会で綺麗なのを購入しようとしたら、このようなデザインの良いものを見つけたが
他のカセットコンロとの価格差がすごい。

10倍?
何が違うんだろう。
でも欲しいな。

でも高いな。


update2011/09/21

column

神山 ハニー

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神山 ハニー 

みつばち@BabyBee個展にちなんでのスペシャリティ・コーヒ


インドネシア・神山・ハニー。
マンデリン種だと思う。苦味がほんのりとあり、酸味、香ともに優雅。
甘いものにぴったり。

ドライフルーツ・イチゴとともに。

update2011/09/12

column

紅茶…いろいろ

SBSH0044.JPG
極端な軟水。

極端な軟水が良いかも知れないと、この水をさがしたとお店の方が言う。
たしかにコーヒーにしても硬水の要素であるカルシュウム、マグネシュウムは味に影響を及ぼす。

今日は何にしようかと覗き込んでいると
このあたりかしらと出されたものは
月光ラインと、大きめの茶葉。

あれこれ想像しながら紅茶の話を延々としている。
農園のこと…音楽の影響のこと。

人に喜んでもらえるように入れるのが楽しいと
僕。


update2011/09/12

column

まどか☆マギカ プロダクション・ノート

ミルキィ・イソベさんデザインのまどか☆マギカプロダクションノート。

Amazonでも扱いがあるようだ。


update2011/09/10