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雨の成分

ちょっとした
大雨の中を自転車で走らないといけなくなって
目をあけて雨の中を走って帰ったら
目が痛くなって、充血してしばらく使い物にならなかった。
雨の成分は大丈夫なんだろうか。
身体に悪い成分がたくさん…なんていうことになっているかもしれない。
人間は動物なんだから、食べ物でも危険を察知できる、だから自由に食べていて大丈夫
なんていうことを言われたきもするが、小さい頃に、
好きに食べていたら、バランスの悪いメタボになるし
そんなに人間の野生は信用できない。
野生を回復するトライはすべきだけど。
グルタミン酸が入っていたり、お砂糖がたくさん入っているものを
美味しいと
思ったりするのだから
野生の味覚なんてないのかもしれない。
update2008/09/22
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見えないと

味が分らないという
ことをずっと思っていた。信じていた。
というか植えつけられていたのかな…。
目黒川ぞいを歩いて
お茶屋さんへ入ると、颱風の影響か人は誰もいない。
お客は僕ひとり
いつもに比べてカウンターが暗く
手暗がり。サーフェスが見えない。
駄目だなぁと思いながら飲んだけれど、三煎とも味がすっと入って、快感も。
日本茶を飲みながら失礼なはなしなんだけどまた谷中にお茶を飲みにいきたくなった。
日本茶は一煎目で半分以上の味が出て、後はなだらかに落ちる。
曲線に変化はない(そうでないのもあるのかもしれないが。あったら教えて欲しいな)
中国茶は十煎目にピークなんていうものもざらにある。
お茶の比較より見えなくて味が分ることに驚いた。
信じ込まされていることは多いんだな。
お茶も谷中で舌をトレーニングしてもらっていることがずいぶん感覚に変化をもたらしているんだろう。まだ進化するって、ちょっと楽しい。
update2008/09/21
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爆弾

千鳥ケ淵の
近くには異端の画廊がいくつかある。
松井冬子を擁する成山画廊。
そして
中に入ると本棚があってたくさんの本が収蔵されている。
そんな画廊もある。
つーと見ていたら千冊の見識のある配慮を感じる。
目が利いている。
ディレクターはただものではない。
著者を端から見ていたら
ちょうど手に持っていた文庫の人がいない。
さもありなん。
梶井基次郎の檸檬のように爆弾として置いていこうか。
最近読み続けている笙野頼子の文庫を。
update2008/09/20
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笠岡の名物は

カブトガニと薔薇なんだそうだ。
そしてカブトガニ饅頭がある。
らしい。
カブトガニの姿がリアルに復元されているカブトガニ饅頭。
イジメだよ。上げるね。
と、作家さんに脅された。
人形は、すっきりしていて
透明感があり、サイバーな風もあり、時代的だ。
時代を反映していないと
人形は、生きてこない。
その意味ではとても良い、新作だった。
忙しそうなのでご飯を作っていたら
双子のお嬢さんが
いろいろお話をしてくれた。
何かが通う感じがする。
もっともっと
食べること
触れることに自在になると良いなぁ。
豊崎由美さんじゃないけど
辛かったら開け。
相手に向って開け。
そう思う。
update2008/09/19
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たとえ経済の

仕組を知らない
僕だとしても日本のこの無策振りには飽きれてしまう。
昨日、リーマン・ブラザーズ証券が倒れて
どうなることかと固唾を飲んでいたら、まぁ日本は注意して様子を見る
なんていつもの何もしない態度。
利下げも利上げもできない状況に世界が追いつめられているのは
分っているにしても
でも手を打たないとまずいでしょう。
中国はインフレよりも景気後退を怖れて利下げを選択した。
今は、世界は中国頼りだから
それもありだろう。
米国は大統領選挙前で何もできない時期なのにブッシュが最後の仕事をしようとしゃしゃりでてきた。(実際には無意味なんだけど…)
日本は何にもしない。
やっぱり刈り場なんだろうなここは。
金融というシステムが起す経財のクラッシュ。経験したことがない何かが世界を襲う。
感覚が幻想に入っていきそうだが
これはまぎれもない、幻想から現実への反応。
読んでいる笙野頼子の小説のように…。
セガでカウンターの横で本を読んでいる女のひとの腕に腕時計が二本絡んでいる。
二つの時間を生きている人なのだろうか。
本はあと数ページで読み終わりそうなのに
いつまでたっても終わらない。
僕はポーランドから来る、写真家に会いにセガを出て、ビスに向った。
update2008/09/16
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劣化コピーの終わり? 始まり?
談志の鮫講談。
カットアップされている講談。バローズ?
講釈師から口伝でならう講談。思いだしながらやるという談志。(ホントかどうか別にして)
習ったあるブロックがそのまま出てくる。それは習った人の、その演目の講談を聞くと良く分る。
あ、このブロックはそのまま。このブロックから先は、今、作ってアレンジしているな。
棋士もその場で戦略を作るというし、その位のぎりぎりでのディテール戦が芸というものだ。
(棋士は芸じゃないけど…)それは劣化コピーじゃないような気がする。
ある部分を大事にスポンと使いながら、今を入れていく。今を入れないと今の芸じゃない。
固定された古い、権威的なものは、やっぱつまんない。
NHKでゴスロリの特集をしていた。良く分った気にさせる番組。
黒色すみれがでていたけど、演奏なし。マリアの心臓がでていたけれど、佐吉さんコメントなし。
ゴスロリを通底するどろっとした精神、あるいはヤンキー魂。そんなものをすべてカットした衛生的なゴスロリ。ダークさなんて微塵もない。
嚆矢は、ナオトの広岡が登場して、デザインは町の子を見ながら作っているんです。参考になるんですー。みたいなこと。
へっ。プロのデザイナーがね。でも本質がでている。コピーと組み合わせ。
さらに精神もなくゴスとロリをくっつけるから良いんです。だと。
ああ、たしかにそうなっているけど、作り手がそれをいっちゃしまいでしょう。幻想の頂のないものは駄目ですよ。いかにだましといっても。すべてがなだらかになるっていうことは、劣化コピー、エントロピーの最終段階ですから。
終わるのかも。終わりの始まり。けっこう90年代後半からのメイントーンが変質するかもしれない。
ではどこに。まぁそれは待っていれば見えてくるだろう。
update2008/09/14
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豊崎社長!

惚れ惚れする男っぷり。豊崎由美の横顔を見ながらそんなことを思っていた。
この人、相手が直球待っていたら、打たれると分っていても投げるんだろうな…。
野茂英雄が大リーグで活躍しはじめた頃、野村克也、江夏豊が、野茂英雄と鼎談するTV番組があって
ボールから入るって選択もあるんだろうし…(野村)
いえ、カウントが悪くなるからストライクから(野茂)
フォークはいろいろブレるのを投げるの?(江夏)
バウンドした時にキャッチャーがとれなくなるといけないので、ホームプレートにバウンドして真っすぐ上がるようにブレるフォークは投げません(野茂)
大リーグの強打者はフォークボールで3三振していても、4打席目まだストレートを待っていたりする。そこに一球もストレートを投げないと大リーガーとして野球をしていることにならない。だから投げるんです。
で、野茂は打たれる。惚れ惚れするくらいに。野茂は打たれた球を見上げて、淒なぁーって思って言っていた。
豊崎由美さんの男っぷりというのは、野茂のような男っぷりで、(容姿はまったく関係ないです)対談相手のミルキィさんも侠気のあるデザイナーで、二人の話は丁々発止と一気に2時間。
男っぷりというのは、侠気と書いた方が良いかもしれない。自分の損得を顧みず弱い者のために力を貸す気性というのが侠気の辞書解釈だが、自分の損得顧みず、本のためにという気持ちは対談の到るところに出てくる。
私を消して私を開いてこそ
なるほどね。
それでいてミルキィさんのデザインと豊崎さんの書評は個性的だ。
侠気たっぷりの姿勢と裏腹に…いや裏腹じゃないんだろうな…だからこそなんだろうな。
ディテールは繊細だ。豊崎さんの手帳、細かい字がびっしり書いてあって、ペンが4本(たぶん色違い)が刺してある。ストイック。本を読みながらポイント別に色違いの付箋をつけていって、それが上から見ると綺麗なのよね…と豊崎さん。
ディテールに紙が、いや神が宿る。本質が発生する。
真似してみようかな、自分なりにアレンジして。新規のジャンルを常に手がけるようにしていると、資料が自分の周りを吹っ飛んでいくように通過していく。片づけない状態でなお前に行く。そんなところを直してみようかなと思った。
話がそれるが繊細な仕事をしている作家のアトリエが片づけられていないというのを良く目撃する。
書評はディテールへのこだわりと愛によって輝きを持つ。今は、姿勢と構造だけでは許されない時代なのだ。ディテールはどれだけ繊細であっても良いくらいだ。
繊細なフォークボールと打たれるかもしれないけど直球を投げる豊崎さん。
直球も「おらおら、打てるものなら打ってみろ!」という160㎞の下品なんでなく、130㎞の打たれるかもしれない直球。それをど真ん中に投げる。
うーん。男っぷりは惚れ惚れする。
ちなみに豊崎さん160㎞の直球をバックネットに叩きつけるような作家は大好きなのである。どこまでもカッコ良いでしょ。
update2008/09/10