books
『水晶の卵』H・G・ウェルズ 1987年
卵の向こうに火星が見える。
現在、火星では、探査機「フェニックス」が生命体の可能性を探している。火星に生命を見たい地球人の願望は、今にはじまったことではない。ヴィクトリア朝の19世紀末イギリスでも、火星に宇宙人を妄想した。
1897年にウェルズは、骨董商の店先にあった水晶の卵を通して、火星を見ていた。ちょうどスカイプを使って火星人と顔を合わせる感じだ。『水晶の卵』は『宇宙戦争』の1年前の作品である。
水晶の彼方に月が二つ見える。高いところから全部を眺めて見たい。そんなことを書いて、火星を感じさせる。
ウェルズはSF作家と言われているが、僕にはどちらかというと幻想的な作家のように思われる。火星が見えるというアイデアも素敵だが、夜な夜な卵形の水晶を覗き込んでは、天使のような姿が見えるなどいう、鉱物嗜好、そして鉱物の中に宇宙が拡がっているという幻想小説の原点のような感覚を好ましいと思う。文学としての筆致がありアイデア倒れしていないのがお気に入りだ。
update2008/05/28