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『癩王のテラス』 三島由紀夫

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手紙がとどきました。

蝉の声がサイレンのように高いトーンで鳴り続けていてアンコール・トムを離れて日本に帰ってきた今もじんじんと熱をもっています。向こうから頼りをすればよかったのですが、黴と巨大な石の廃虚にただただ茫然としてあっというまに1週間がたって日本にもどってきてしまいました。

私のなかの『癩王のテラス』が一気に押しつぶされてしまいそうな哀しさを覚えたからです。不思議な日本語を操る少年のようなガイドを選んだのが間違いだったかもしれません。姿とは裏腹に暑いからと日蔭ばかりを歩き、やすんでは煙草をすう投げやりな態度に、精神に脂肪のついた中年男を見ました。怒るのも忘れてあきれ果て、すたすたと歩き出したのは良いのですが、道に迷い、結局どこがテラスだったのか分らなくなってしまいました。内戦でかなり荒れ果てた風景からは、黄金の仏像も癩王が立ったテラスの残照もなく、蝉の高いトーンだけが私に残された唯一のものとなって残りました。少年が胸に蝉を入れている話を昨日、教えてもらいましたが、胸に蝉を入れると、石の墓標の上を飛べるのですね。
この甲高い蝉の声には何か魔力がありましょうか。癩王も絶望の中にこの蝉の声を聞いていたのでしょうか。目も見えなくなった癩王は蝉の声の向こうに転生する来世を見たのでしょうか。癩王は来世を信じて絶望などしていなかったのでしょうか。私にはまだ分りません。手の中でヘッドが形を見せてくる頃に何かが見えてくるかもしれません。

update2008/01/13