夜想#ドール
堀佳子の最後の話
9月23日、展覧会最終日
今日から、堀佳子さん名前を変える。
最後の日。
トークショウは雑誌『S』の天野さんと堀さん
ポイントができると
そこから人形が立ち上がっていく。
そういうでき上がり方も
ある、んだ。あるなぁ…。
今は作っている最中、作っていることに記憶はない。
そうだろうなぁ。
++
対談が終わって
人形作家志望の子が天野さんをつかまえていろいろ言っている。声が切れ切れに聞えてくる。
球体関節人形の流行はもう終わっていますよね。
…どうしたら…良いか。
+++
原稿料の為に書いているなんて言わなきゃ良いのに…。
贅沢生活のイメージが…。
ところで本を出すのはどうやって売り込んだら良いんですか?
あんなどうしようもない人のがでて、どうして私のが出せないんですか?
+
小説家の言葉は生活の本音ではないだろう。妄想を突っ走りながら、ふっと、客観のような視点をさくっと入れ、そしてまた妄想に入っていく。
妄想には、ある種の起きるトーンとうねりがあり、現実から紙一重のところから離陸する。
トーンと起きるパターンの固有性が作家性でもある。
どう売り込み、どう作家になるかじゃなくて
作品をどう生み出すか…
それも越えて、作品とともに並走する妄想と現実。
++++
プライベートと作品は一緒…。堀さんはそんなことを言っていた。
作品はプライベートを先どって妄想するのかもしれない。
作品はもしかして生むのではなくて、生まれるのかもしれない。
update2008/09/25