『夜の声』 ホジスン
霧にまみれた闇の海から声が聞える。
『わしはただの年寄りの——人間だ』
ラヴクラフトへつながる、怪奇作家・ホジスンの名作。ホジスンは、1903年、つまりヴィクトリアン朝の終わり頃から、海を舞台とした小説を書き始めて人気作家になる。留学中の夏目漱石がイギリスにいた頃だ。
『夜の声』は、『ゴジラ』などの東宝怪獣ものの監督、本多猪四郎が1963年にとったホラーの名作『マタンゴ』の原作としても知られている。
ヨットでセーリングしている男5名、女2名が、暴風雨にあい、霧にまかれ遭難し無人島に流れ着く。そこには、難破船があり、謎のキノコ・マタンゴが生息している。
黒沢清が絶賛する『マタンゴ』。原作も上品な筆致で、心理描写に優れているが、映画も劣らず当時の若者たちの風俗や、心理を描きつつ、スパイラルに恐怖のシーンに向っていく。特撮を見せたいだろうがそれを最後まで残しておき、そこへ到る怪奇の道行をドラマとして描いていて面白い。
ホジスンの怪奇の面白さは、イジメを受けながらの船員生活や、写真に興味をもったりという現実を直視するという、リアリストの感覚があることだ。1902年10月、アメリカの奇術王ハリー・フーディニがイギリス来たとき、縄抜け術如何わしさを証明するために、挑戦し、自らの手で縄をきつく巻きつけ、ハリーを困らせた。(観客はハリーに同情的で、これで人気を失うはめになったとも伝えられている。)不思議な現象にリアルな背景を加味するところがホジスン独特のかき方で、『夜の声』にはそれが伺える。
『マタンゴ』もホジスンのリアリストとしての資質を生かして映像化している。初期の東宝の怪獣ものには、そうした現実からの移行をきちんと描いていたものが多く、怪奇幻想の王道であると言える。