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2人の夫とわたしの事情 シスカンパニー

笑いの演出が……


上手で感心した。
シェークスピアには道化が出てくるけれど、舞台でこれほど笑えないものはない。どこがおかしいのかが古すぎて分らない。無理に現代の言葉で洒落にしたり、いろいろ演出や翻訳が工夫するけど、結局は、そこは笑いの場面ねと思いつつパスする。

古典の笑いはほんとに難しい。歌舞伎にも道化的なものがあるが、上手だったのは澤村宗十郎さん。国立劇場の復活芝居でも面白い笑いを見せてくれた。俳優祭でも菊五郎さんの笑いじゃなくて、芝居のくすぐりをもっていた人だ。

サマセット・モームの古典劇で笑わせる、しかもかなり現代的な感覚も入っていて、それは言葉尻だけじゃなくて、生活感的、なう
というような感じかな。とにかく笑いの場面で感覚が保留されてしまう古典劇の演出とはまったく違うものだった。
巧い、凄いという印象だ。笑いの演出、どんな風にしているのだろう。自分も笑いが得意じゃないので、演出の方法がちょっと想像できない。

ケラリーノ・サンドロヴィッチの演出は、他の部分も実に本格で、もしかしたら今の段階で、古典劇を演出するコンテストがあったら、野田秀樹や蜷川幸雄よりも上手だと思う。いわゆる劇的な手法……60年代、70年代にはやっ演出。野田秀樹も、蜷川幸雄もまだその延長にあると思うけど、ケラリーノ・サンドロヴィチはその流れにはない。その後世代なんだと思う。商業演劇(古いなこの言葉も)でもっと評価されてもいいんじゃないかと思う。花もあるし。松たか子、段田安則、渡辺徹が生き生きと見えたもの。

パンフレットのなかで、僕には野田さんの言葉は演出できないですよ、野田さんが影響を受けた唐十郎さん、寺山修司さんの戯曲もできないと言っていたが、為たり、と思う。今性を取り入れた人たちだけど、それを戯曲で固定したままではできないということ。演出と戯曲がいったいとなっていたものを他の演出家ができないということ。それが言いたいことだと思うけど、すらっと言っていて演劇人としたかっこよいな。

野田秀樹の「農業少女」の戯曲に表れる今は、オジサン臭くて古い。それはオジサンでちょっと今からずれているのをネタにしているさんまと似ていて、本当にずれてしまっているのをネタにする他ないことの悲哀だ。高いところにいるとやっぱり地面が見えなくなるのだ。

老いてきて今がとらえられなくなるとき、そんなに無理をしないで老人の芝居をすれば良いのにと思いけれど、当事者はそうはいかないんだろうな。

ケラリーノ・サンドロヴィッチは今たくさん見てみたい演出家だ。
くどかんや、まつおが笑いのクリエーターになっているが、ケラリーノの本格もなかなかあなどれない。
笑いながら感心してしまうからね。


update2010/04/23