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夜想#モンスター&フリークス

大道の遠野

SBSH0024.JPG
70年代、写真はモノクロで暗いトーンをしていた
SBSH0011.JPG

夜に向って遠野の空には
烏のような雲が立つ。そして流れて浮かぶ。

座敷童子に呼ばれて遠野にふらりと出かけた。
森山大道が遠野物語を撮ったとき
僕はワークショップにいた。それは森山大道、東松照明、深瀬昌久、荒木経惟…時代の写真家たちが若者にプロになる手法を伝授するワークショップだった。ワークショップより塾という感じだったかもしれない。
僕は深瀬昌久のところにいた。

深瀬昌久の鉛のような空に浮かぶ烏のような雲。
それは形が烏なのではなく、烏のような存在の雲
だから一生かかってもまねすらできない。

森山大道の遠野も行ってびっくりしたのは、遠野は普通の田舎町だった。
今から30年も前。
座敷童子も河童もオシラ様もいる町だけどその姿はなく
ただただ東北の田舎町。
あれは森山大道の遠野なんだとつくづく写真家の力に敬服した。

そして昨日、座敷童子に誘われて遠野に入った。
遠野物語100年記念。
町の古い雛を見て歩いた。文久のころの江戸雛がたくさんあって人形の力をまた再認識した。

ちょっと残念なのは汚れて古びた雛を地元のひとがよしとしないで
中途半端に直したり、新しい服を着せたり、アデランス(地元のひとはそうい言っていた)を被せたりしてしまうことだ。
なんか日本だな
と、思った。

遠野は実はまだまだあるのに
人がそれを失わせている。古くて時代があるものの良さをどうして分らないんだろう。
存在し続けるという継続は一旦失ったら回復はできない。
それにかかわる気持ちも。

遠野はほんとうに遠いところに行ってしまうのかもかもしれない。
座敷童子も静かに姿を消さないといけなくなってしまう。
座敷童子は夜にそんなことを話していた。遠野にはまだ普通にいる。

でもそれは少女たちがある日を境に見えなくなってしまう妖精のような存在で
見える少女たちがいなくなったら
妖精はいないことになってしまう。


update2010/03/04