夜想#モンスター&フリークス
浅川マキ
次回展覧会は、たまたま
花代と清水真理の二人が場所を分けてそれぞれに
展示をすることになった。
花代は、花代が高校生の時からの知りあい。
40歳の誕生日をするからと、はなからおけにでかけた。
松田優作の横浜ホンキートンクを歌って
その後に浅川マキのカモメを入れておいた。
女優のEが寺山修司だのその時代だのの演劇について
熱く思いを語っていたから
じゃぁと…
優作の歌を知ったのは、浅川マキの池袋東映映画館の大晦日ライブ。
大晦日ライブには毎年、ゲストで男優が呼ばれていた。
原田芳雄、松田優作、菅原文太…。
浅川マキの大晦日には学生の頃から通っていた。
アケタの店にも行っていた。満員でピアノの下で聞いたこともあった。
寺山修司、土方巽、笠井叡…子供の頃、みんな会ってくれて、知り合いになった。
会いたくて直接会えなかったのは、マキさんだけかもしれない。
花代の誕生会はちょっとしたトラブルで途中で河岸を変えた。
僕は、かもめを歌わずに会場を出た。
『朝日楼』も『それはスポットライトではない』も『ロング・グッドバイ』もカラオケには入っていない。
朝日楼は、ちあきなおみがカバーしたけど…
でもちょっと明るすぎるな。朗々としている。哀しい話なのに詩を少し代えてアニマルズが朗々と歌ったのを
もとに戻したのがマキ。
ロング・グッドバイは、寺山修司の詩で…
前に憂歌団が東京初お目見えぐらいの感じで
東映映画館の大晦日にでて、マキさん歌っているときに憂歌団コールが起きるというとんでもないことになって
さくっと憂歌団にステージを譲ったあと
次のステージで歌ったのが
ロンググッドバイ、会場は静まり返っちゃった。演奏も抜群だし良かった。
その時から憂歌団の内田勘太郎がマキのギターを弾くようになった。
内田勘太郎や渋谷毅は
マキさんのステージで時折とてつもない演奏をする。
マキさんはそれを待って、いつもいつも二人をステージに呼ぶ。
みんないないのに
マキさんもいっちゃうのか…。
いつか会えるんだろうなと思っていたけれど
もう
向こうでしか会えない。
線路は続くよどこまでも…。
もうあの歌は誰も歌わない。誰も歌えない。
地上から消えた。
もっていっちゃった。寺山さんの元へ。
かもめもずっとずっと唄わなかったものね。
寺山さんが亡くなってから。
さよなら。
マキさん。
またね。
update2010/01/18





